わかれ道「タカコⅢ」

 

死んだらどうなるのか?――死生観をめぐる6つの哲学
 

 

ユミコはリエが子供を産めば、そのことが原因でトシキの気持ちがリエに戻ってしまうのではないかと恐れたのです。

だって生まれてくる子供のはトシキなのですから。

 

ユミコには母親のサエコに泣きつきました。サエコは、トシキにこう言いました。

「リエはあんたの会社の部下だよねぇ? あんた、その部下を妊娠させ、結婚の約束までして捨ててしまってたってわけだ」

「だってそれはあんたの娘が俺を誘惑して‥‥」

「トシキさん、あんたリエとの交際を秘密にするように強要したんだってね? 知られたくなかったんだ。だってリエだけじゃないもんね。遊んだ女は」

 

トシキは浮気者でした。リエはその中の一人にすぎなかったのです。

トシキはそれを知られたくはありませんでした。他の女たちにも、会社の上層部にも。

 

トシキは関係するすべての女性に「交際を秘密にするように」強要していたのです。

しかし、サエコにはすべて調べられていました。

 

「そりゃ調べるわよ。自分の娘の結婚相手がいったいがどんな男なのか知っておきたいじゃない? あんたみたいな男をどうして娘と結婚させると思う?」

トシキは答えることが出来ませんでした。

 

「あんた、女だけじゃなくて、お金も大好きなのよね。会社のお金とか‥‥」

トシキはその経理部長補佐という地位を利用して会社の資産を使い込んでいたのです。

サエコはそんなトシキを利用しようと思っていました。

 

トシキは震え上がりました。これまで長年苦労してやっと手に入れた地位です。女なんかで失うわけにはいかない。トシキはそう思ったのです。それでサエコとリエの申し出に乗ることにしました。



ある日、 サエコはリエを自分の家に呼び出しました。今回の結婚騒動の決着をつけたいということでした。

 

おかしいと思いながらも、リエはかつての自分の家に1人で訪問しました。

二階に案内されたリエは、もの影から飛び出してきたトシキに階段から突き落とされてしまいました。

そして転げ落ちてきたリエのお腹をサエコとユミコが蹴りつけ踏みつけました。

 

しかしリエは何とかその家を飛び出し、近所の人々に助けを求めました。

近所の人はリエのことを知っていました。サエコやユミコがリエにひどい仕打ちをしていたことも。

血だらけになりながら悲鳴を上げるリエを見て人々は慌てて救急車と警察を呼んだのです。

リエは近所の人に助けられたとき、安心して救急車も持たず気を失ってしまいました。

 

リエが目を覚ましたのは病院のベットの上でした。そのときには全てが片付いていました。

 

サエコもユミコもトシキも傷害と殺人未遂で警察に捕まったのです。ほとんど現行犯でした。

その過程でトシキの横領も発覚し、トシキは職場を解雇され他の2人と一緒に刑務所に入ることになりました。

 

これまでリエを苦しめてきた人々、そしてリエを裏切った人は1人もいなくなりました。

 

でもリエは少しもうれしくありませんでした。

 

あわれなリエは彼らのひどい暴力によってお腹の赤ちゃんを失ってしまったのです。

 

リエがタカコの後を追うと思ったのはその時でした。

 

彼女はいじめやトシキの裏切りには耐えることができましたが、唯一の肉親である赤ん坊を失ったことには耐えられなかったのです。

 

彼女は、ほとんどの母親がそう感じるように、幼い生命が失われたのは

「自分の責任なんた。私が守ってやれなかったからなんだ」

そう思い込んだのです。

 

「あの子のところへ行こう。そしてお母さんやお父さんタカコのいるところへ」

 

リエがタカコと同じ屋上に立ったのはこんな理由からでした。

 

リエは屋上の手すりをつかみ、自分が飛び降りようとする下界を見下ろそうとしました。

 

しかし彼女はその風景を見ることができませんでした。熱い涙があふれ出し、何もかもがぼやけてしまったのです。

 

クリスマスの灯りが涙でにじんでまぶたのうらで不思議な模様を作っています。

 

下界が見えなくなったので、リエはもう怖くはありませんでした。

手すりから体をぐっと乗り出しました。

そのとき涙でぼやけた風景の中に、突然死んだはずのヨシロウが現れたのです。

その瞬間リエの体が固まり、

「お父さん!?」

しかしヨシロウは何も答えませんでした。ただ黙ってリエを見つめているだけです。

「お父さん、天国にいるんでしょう? なのにどうしてそんなに悲しそうな顔しているの?」

リエは、飛び降りることが出来ませんでした。



そのクリスマスの夜からさらに数年が経ちました。

 

リエは生きる決心をしたのです。

 

でも自殺をやめていくら生きる決心をしたからといって、これまでの苦労や悲しみが消えたりはしません。

 

それでもリエは生き続けました苦しみに耐え続けたのです。そうしているうちに、苦しみはだんだん軽くなっていきました。

 

それはリエから苦しみや悲しみが取り去られたわけではなく、リエ自身が強くなったからでしょう。

こんなことは人生にはよくあります。

 

リエは新しい仕事を見つけ、そして新しい出会いがありました。

 

リエは結婚しました。

新しい夫は、何よりリエの幸せをとても喜んでくれる人でした。そしてリエをいつも喜ばせ、笑わせてくれました。

 

やがて赤ちゃんが生まれました。最初はたくましい男の子でした。その子が3歳の時に今度はかわいい女の子が生まれました。

 

それまでの、リエの人生の中で考えられなかった幸せが訪れたのです。

 

ある時、リエは家族を連れてお墓参りに行きました。自分の幸せをタカコやヨシロウに、そして顔も知らない母親に報告したかったのです。

 

どこまでも続く緑色の芝生、整然と並んだ白い墓石のあの霊園。

 

その日は空は青く、何人かの家族連れや人々がお墓参りに来ていました。

 

リエは、家族といっしょにタカコとヨシロウの墓石の前に立ちした。

「タカコ見て、私の家族よ。私もタカコみたいに自殺しそうになったけど、でも思いとどまったの。

そしたら私、それまでになくしてしまったものを、ぜんぶ取り戻したわ。あのときは、生きていればこんなに幸せがあるなんて思いもしなかった‥‥」

 

リエがそこまで話したとき、、突然不思議なことが起こりました。

第3話おわり

第4話につづく