ヘタレ師範5「五郎」前篇

「バン!」

爆発したような音をたてて、道場の扉が開いた。

ガンカクが力任せに、両開きのクラシックドアを押し開いたのだ。

開け放されたドアから、ガンカク・ジオン・テッキが派手な衣装で乗り込んできた。

中で練習していた道場生達は一応に驚いてこの3人を見つめた。

これはいつもの道場破りの風景である。

 

ジオンたちの道場破りは、突飛なコスチュームで、ドアを蹴破るような勢いで、突撃して道場やジムの人間を威嚇する。

そうするこで心理的優位に立ち、相手がビビっているうちに勝負を決めるのを常としていた。

それだけではない。プロの格闘家たちを相手に道場破りなんてそんなにうまくいくわけがない。

そこでジオンたちは、戦う相手の道場や格闘技のルールを無視することにしていた。

寸止め道場には、フルコンタクト。顔面攻撃なしのルールは無視、立ち技が得意な相手には、レスラーのガンカクが寝技で攻める。

 それを相手が「反則だ!」「ルール違反だ?」と文句をつけられるまえに勝負を決めてしまうのだ。

 だから彼女たちの道場破りはこれまで百戦錬磨だし、おもしろいことに、ルール無視の道場破りで、負けて苦情を言う道場は1つもなかった。

 

 苦情なんか言えば、自分たちの道場が道場破り負けたことを宣伝するようなものだ。そうなれば道場生は来なくなり、経営は成り立たないだろう。

ジオンたちはこれまでの経験からそのことをよく知っていた。

 

今回はそうはいかなかった。

なぜならこの古ぼけた道場の道場生達は最初はびっくりしたものの、ほとんど全員が、すぐににっこりと微笑んだのだ。ドアをけ破った三人に。

ジオンたちが、「え?」ととまどっていると1人の女が進み出てきた。ジオンと同じ位の年齢だ

浴衣姿が可愛い。しかし、空手道場には全然似合わない。

浴衣はジオンたちの前に、すっと正座すると床に三つ指ついてこう言った。

「イラッシャイませ!」

コリヤなまりだった。

ジオンはオープントーナメントの会場を思い出した。あのとき、白帯を励ましていた女だ。韓国人なのか? しかしそんなことを考える間もなく

他の道場生たちまでが、「いらっしゃいませ」「どうぞよろしく」と口をそろえたのだ。みんな笑顔だった。

 

ジオンたちはこの「いらっしゃいませ!」の大歓迎に、自分たちが道場破りに来たのだと言うことを一瞬忘れてしまった。

今までどんな道場に押し掛けたって「いらっしゃいませ!」と歓迎された事は無い。

道場破りにかぎらず、例えば空手道場であるならば入るときのあいさつは「押忍(オス)」である。

道場によっては帰る時も朝の挨拶も「押忍」、何でも「押忍」で済むことさえある世界なのである。

 笑顔で「こんにちは」と迎え入れる道場なんてあるわけないのだ。

ジオンは頭にきた。

「ふざけるな! 何がいらっしゃいませだ、こんにちはだよ。ここは飲み屋? キャバクラ?    オレたちゃ、お客様じゃないんだよ。」

ジオンが最後まで言わないうちに三つ指の娘がすかさず言った。

「ドージョヤブリさんだよね? お待ちしておりました。さぁどうぞ」

と中に招いた。ガンカクとテッキは思わず顔を見合わせた。

こんな経験は初めてだった。ジオンは背中が少し寒くなった。

「ここは今までの空手道場とは違う、もしかしたら、ここの連中はとんでもない奴らばかりなのかも」

と、ジオンが警戒した瞬間。

いきなり後ろから。

「うわーっ!、道場破りですか? とうとうここまで来ちゃったんだ? それは困る、困りますよー」

ジオン「何だ!?」 

ジオンは驚いて、飛び退いた。その男の声があまりにも大きかったし、すぐそばなのに何の気配もなかったからだ。

ジオンたちは、その男を見た。

うつむいたままなので顔がよくわからない。

しかし、あの叫び声は聞いたことがある。

ジオンはもしやと思った。

すると道場にいた人々が一斉に

「先生!」「師範、おはようございます」

テッキ「師範おはようおはようございますって? もう夜じゃん」

ガンカク「ばか、どこの世界でも始まりの挨拶はおはようございますだ。この学生の世間知らずが」

ジオンは今度は落ち着いて、自分を驚かしたその男を見た。

Tシャツに、軽いパンツ姿である。どう見たって

ジオン「師範には見えないねえ、まるでデスノートの名探偵L(エル)ってとこか」

浴衣女が、例のコリア訛りでこういった

「シツレイなこと言わない。五郎ちゃんね、この道場の立派な師範なんだヨ」

テッキ「道場の師範に五郎ちゃんて?     先生にむかってちゃん付けかよ?」

「五郎?」

ジオンたちは思い出した。この間のオープントーナメントでのあの試合

 

いきなりジオンが大声で笑い出した。最初の警戒心がどこかへ吹き飛んだ。

ジオン「五郎って、お前が五郎さんかい?。あの試合で出るのを怖がって、挙句の果てに蹴飛ばされて気絶した、あのヘタレが空手師範って?」

顔を赤くしてうつむいている五郎。それを指差しガンカクもテッキも腹を抱えて笑いだした。

テッキ「『いやですだめです、怖いんです』って、泣きべそかいて、最後にゃタンカに担ぎ出されたゴロちゃんだろてめえ?」

声がした。

「ゲラゲラ笑っているのは、やっぱりお前ら、自分たちが素人だってことを証明してんだよ」

見ると、あの時のごま塩頭、ミヤギである。

ジオン「なんだまたテメェか?      いつも同じような登場してんじゃねえ。   オメエ達が偉そうなこと言うから来てやったってのに、ここの空手道場の先生があの時のヘタレだと知って、とっても感動してるとこだよ」

テッキ「どうやら教えてもらう価値なんかなさそうだ、こんな師範の弟子だったのか?おじさんはよー」

ガンカク「帰りましょう、ジオ姉。こんな連中やっつけたって何の自慢にもならないし時間の無駄だ。」

その途端、五郎の顔がパッと輝いた。

「そうですか、お帰りになりますか。ではまたいつか」

いそいそと3人を外に案内しようとした。しかし例の韓国人のミヒが3人の前に立ちふさがっていった

ミヒ「あら、せっかくドジョウヤブリ来たのに、尻尾巻いて帰るの?   あんたたち、せっかくイラッシャイマセしたのに、ここの道場のカンバンいらない?」

 五郎は慌てた

「いいじゃない、せっかく帰るといってるんだし、道場破りは別の機会に…」

しかしミヤギのおじさんまでが、

「せっかく人が役に立つことを教えてやろうとしてんのに、もったいないなぁ。オメエら、早とちりもいいとこなんだから」

五郎「いやいや、誰も早とちりなんかしてません。それに他の皆さんの練習もあることだし……」

そこへミヤギのオバサンが出てきた

オバサン「帰りたかったら.とっとと帰んな。だけど私は、こう見えてもSNSが得意なんだ。今夜さっそく書き込んでおくからね。『噂の道場破り逃げ帰る』ってさ」

このおばさんのSNS宣言は、帰ろうとしていた3人に火をつけた。

ジオン「なんて言ったのオバサン? オレたちが逃げ帰るだと?」

睨み合うジオンたち、睨み返すミヒとミヤギ夫婦。

五郎は睨み合う6人の間をうろうろしながら

「だから駄目だって言ったじゃないですか。僕は嫌いなんです。道場破りなんて」

「邪魔だ、ヘタレはどいてろ!」

しかしガンカクにあっという間に蹴飛ばされてしまった。

ガンカク「さあ今から道場破りの始まりだ。関係ないやつは怪我しないうちに出ていくんだな。今日の練習はおしまいだ」

すかさずテッキが続けた

「おしまいなのは今夜だけじゃないかもなぁ。ことによっちゃあこの道場、永久におしまいかもな」

五郎の道場1終わり、五郎の道場2に続く。