「だいじょうぶ、よくやったわ?って、逃げまくったあげく蹴飛ばされただけじゃないか?」
ガンカク「どなたでも出場大歓迎のオープントーナメントったって、あんな素人じゃあな‥」
ガンカクの言葉をさえぎって後ろから声がした。
「ほんまモンのシロウトは、お前たちの方だよ」
ガンカク「なんだと?」
3人が振り返ると、すぐ後ろの席に中年の男女が座っていた。
1人は短髪でゴマ塩頭の男ミヤギ。もう1人は男の連れ合いで、けばけばしくパーマをかけた厚化粧の女ミヤギの妻、通称オバサン。
ガンカク「誰かと思ったら、くたびれたジーサンバーサンかよ、何か文句あンのか?」
ジオン「おっちゃん、いい度胸だね。みんな俺たちを怖がって、見ろよ超満員なのにこの辺だけがら空きだ。おっさんたち俺たちが怖くねえのかよ?」
オバサンが黙ったままじっとジオンの顔を見つめた。
ジオン「何だよ? 何ガン飛ばしてんだよ?」
オバサン「あんた、まだあんまり男知らないだろ?」
ジオンは顔色を変えた。
「何だと? おとなしくしてりゃエラそうなこといってんじゃねえよ。お前らジジババに俺たちの何が分かるってんだ‥?」
怒鳴りながら、ジオンは心の中でまったく別のことを考えていた。
「(こいつら何だ? 初対面なのに、オレの男関係なんて‥なんでそんなことを? それにオレたちがシロウトって何なんだ? いやそれよりこいつら何でおれたちを怖がらないんだ?)」
オバサンは、ジオンの心の中を見ているかのように、
「私はね、あんたと違ってたくさんの男を知ってるし、ヤクザに囲われていたことだってあるんだ」
とたんに横のミヤギが飲みかけのジュースを吹き出した。
オバサン「何だよキタナいねえ。とにかく、このジイサンバーサンはね、男も女もいろいろ見てるんだ。
赤い唇のお姉さんよ、あんたがいくら髪をキンキラにして、ハデハデメイクやその赤いおべべでいくら隠してたって、アンタのそのきれいな目ん玉にはさ、ツッパリコスチューム。全然似合ってないんだよ」
そう言いながらオバサンはミヤギの方を見た。ゴマ塩がニヤリと笑う。
「囲ったヤクザってのは、誰のことだよ?」
ガンカクが
「そんな事はどうでもいい、だがこれ以上ジオ姉(ジオネエ)にいちゃもんつけるとこの俺が黙っちゃいないからな」
テッキ「そりゃ確かにジオ姉の男関係ってのは気にはなりけどさ」
とたんにガンカクがテッキの頭を平手ではたいた。
テッキ「アイテ、俺はこのジジババが俺たちをトーシロ呼ばわりしたことが気に食わねえだけだよ」
そしてミヤギの方に
「そこんとこをよ、わかりやすく説明してもらおうじゃねーか。 俺はなぁこう見えてもテコンドーの段モチだ。ムエタイもやった。でもって、そっちのでかいガンカクさんはな」
「ローカルとは言えプロレスラーなんだ。リングの上では、ヒールだから負け試合もあるけど、ストリートじゃなぁ、1度だって負けたことがないんだ。このジオ姉以外にはな」
ジオンがテッキを止めた
「やめろ、俺たちのプロフィールはどうだっていい。だけど」
そしてミヤギ夫婦に向き直って
「俺たちを素人扱いしたワケはきちんと教えてもらおうじゃないか」
オバサン「アンタらが、格闘技のプロで、とりわけ空手が好きらしいってのはよくわかったよ」
ミヤギが文句を言った。
「ちょっと待てよ? こいつらプロレスとかテコンドーの話はしてたけど空手の事なんか一言もなかったぜ」
「だからあんたはダメなんだよ。これまで何を教わってきたのさ?」
オバサンは三人を指さしながら「この怪物がガンカク、横の突っ張りがテッキだろ? で、その真ん中のお姉ちゃんがジオン。あんただって3年も空手を習ったんだ。まだピンとこないのかい?」
ミヤギ、はっと自分の額を叩いた。
「あっそうか、形の名前かあ、空手の形の。岩に鶴で、岩鶴。鉄に馬で、鉄騎、そして慈悲の、慈に、恩人の恩で慈恩か、はは確かにそうだ」
岩鶴・慈恩・鉄騎は空手の世界ではよく名の知れた形の名前である。もっとも鉄騎というのは一般的には「ナイファンチ」と呼ばれている。
「いい加減にしろい!」
三人がそう怒鳴りつけた。
ジオン「ごちゃごちゃぬかしてねえでさっさと俺たちを素人扱いしたわけを言え!」
かなりの大声で遠巻きの観客たちさえびっくりするほどだったが、ミヤギとオバサンは一向に気に留めず。
オバサン「それは難しいねぇ」
テッキ「なんだと? 俺たちをコケにしておきながらこのままで済むと思ってんのか?」
ミヤギ「おめえら、あの試合で青い空手着が勝ったと思ってるんだろ」?
ジオン「そうじゃないってのか?」
オバサンは無視して続けた。
オバサン「あの試合で、白いほうが、棒立ちだったのは、ビビってるからだと?」
ガンカク「にきまってるだろうが、あんな突っ立って戦えるかよ?」
ミヤギ「青が白を責めたとき、一瞬止まったことがあったろう。あれは?」
テッキ「あれは? って何もったいぶってんだよ。あんなの試合じゃよくあることだろうが」
ミヤギ「ふんそうかい?」とオバサンと顔を見合わせてニヤリとした。
ガンカク「何二人だけで納得してんだ? 早いとこ白状しねえと、それこそ泣きをみることになるぞ」
オバサン「やっぱりあんたらは、シロウトだよ。この程度のことも見抜けないんだから」
ジオン「だったら早く説明しろよ。年寄りが、イライラさせやがって」
ミヤギ「説明、説明って、そんな大事なこと、こんな大勢の前で、しかもこんなとこに座ったまま説明できっかよ。
それとも何か? お前さんたちの自慢のテコンドーとかプロレス技は、椅子に座ったまま教えてもらってきたのか?
もし俺たちにシロウト扱いされたのがそんなにくやしいのなら、その理由を知りたいんだったら、俺たちの道場へ来な」
オバサン「そしたらさぁ、五郎ちゃん流の空手をさあ、手取り足取り教えてあげるからよ」
五郎ちゃん? ジオンは思い出した
「(そういえばさっき、あの回し蹴りで気絶してタンカでかつぎ出されたあの男、確か五郎ちゃんて呼ばれていなかったっけ?)」
へつづく。