わかれ道「タカコⅣ」

 

 

タカコや、ヨシロウが眠っているはずのお墓が、リエの目の前で突然消えてしまったのです。そこにあった他のすべての墓石もなくなってしまい。緑色の芝生だけがどこまでも青い空の下に残っていました。

 

それだけではありませんでした。

 

リエの横に立っていたはずの夫も、夫が抱いていた赤ちゃんも、一人息子も、愛する家族がみんな消え失せてしまったのです。

 

一体何が起こったのかはリエには理解できません。

リエは、愛する家族を死に物狂いでさがしました。

 

どこまでも青い空です。

緑色の芝生もどこまでも続いています。

あまりに静かで、爽やかな風が吹き渡っていきます。

しかし家族はどこにもいませんでした。

 

いいえ気がつくとその広大な霊園には人間というものが誰1人いないのです。

さっきまでお墓参りに来ていた家族連などの人々までお墓と一緒に消えていました。

 

リエは、絶望的な叫び声をあげました。

 

これじゃまるで

「私だけが、死んでしまったみたいじゃない」

 

 

するとうしろから声がかかりました。

「そうだよ、おまえはとっくに死んでいたんだよ」

 

何と恐ろしいことばでしよう。しかしそれはあまりになつかかしく優しい声でした。

リエは振り返りました。

「お父さん!?」

ヨシロウでした。

 

リエがヨシロウを見たとき、今度は彼女の中に不思議な変化が起こり始めました。

 

自分の心の中のリエとしての人生、リエとしての思い出が、まるで積み木のようにガラガラ崩れ始めたのです。

 

そして一つ一つ違う思い出が心の中に湧き上がり始めました。



まず思い出したのはあのタカコの納骨の日。

あの時、突然現れたヨシロウをリエは激しく責めました。

「お父さんなぜ家を出たの? お父さんが逃げ出さなければタカコは死ななかったのに」

 

でも

 

リエは、思い出しました。お父さんは子供たちを置いて家出したのではなかったことを。

 

あのタカコの納骨の日の数年前に、ヨシロウは病気で死んでしまっていたのです。

 

さらに思い出しました。

「そうだ、私、タカコの納骨の前にここにいたんだ」

以前、リエはそんなことを思ったことがあります。

 

「あの時も、ここにはどこまでも続く芝生と青い空しかなかった。あの時お父さんは既にここにいた。とっくに死んでたはずなのに」

 

あの時、ヨシロウはとても悲しそうな顔をしてリエにこういったのです。

 

「お前には私が見えるんだね。普通の人には、死んでしまった人の姿は見えないのに」

 

リエは、気がつきました

「そうか、ということは、あのとき私もすでに死んでたんだ。だから私お父さんの姿が見えたんだ」

 

そしてりえはもっと恐ろしいことをに気がついたのです。

第4話おわり

最終話へつづく

死んだらどうなるの? 選べる行き先は4つ!奇跡の魂ツアーに出発しよう

 

わかれ道「タカコⅢ」

 

死んだらどうなるのか?――死生観をめぐる6つの哲学
 

 

ユミコはリエが子供を産めば、そのことが原因でトシキの気持ちがリエに戻ってしまうのではないかと恐れたのです。

だって生まれてくる子供のはトシキなのですから。

 

ユミコには母親のサエコに泣きつきました。サエコは、トシキにこう言いました。

「リエはあんたの会社の部下だよねぇ? あんた、その部下を妊娠させ、結婚の約束までして捨ててしまってたってわけだ」

「だってそれはあんたの娘が俺を誘惑して‥‥」

「トシキさん、あんたリエとの交際を秘密にするように強要したんだってね? 知られたくなかったんだ。だってリエだけじゃないもんね。遊んだ女は」

 

トシキは浮気者でした。リエはその中の一人にすぎなかったのです。

トシキはそれを知られたくはありませんでした。他の女たちにも、会社の上層部にも。

 

トシキは関係するすべての女性に「交際を秘密にするように」強要していたのです。

しかし、サエコにはすべて調べられていました。

 

「そりゃ調べるわよ。自分の娘の結婚相手がいったいがどんな男なのか知っておきたいじゃない? あんたみたいな男をどうして娘と結婚させると思う?」

トシキは答えることが出来ませんでした。

 

「あんた、女だけじゃなくて、お金も大好きなのよね。会社のお金とか‥‥」

トシキはその経理部長補佐という地位を利用して会社の資産を使い込んでいたのです。

サエコはそんなトシキを利用しようと思っていました。

 

トシキは震え上がりました。これまで長年苦労してやっと手に入れた地位です。女なんかで失うわけにはいかない。トシキはそう思ったのです。それでサエコとリエの申し出に乗ることにしました。



ある日、 サエコはリエを自分の家に呼び出しました。今回の結婚騒動の決着をつけたいということでした。

 

おかしいと思いながらも、リエはかつての自分の家に1人で訪問しました。

二階に案内されたリエは、もの影から飛び出してきたトシキに階段から突き落とされてしまいました。

そして転げ落ちてきたリエのお腹をサエコとユミコが蹴りつけ踏みつけました。

 

しかしリエは何とかその家を飛び出し、近所の人々に助けを求めました。

近所の人はリエのことを知っていました。サエコやユミコがリエにひどい仕打ちをしていたことも。

血だらけになりながら悲鳴を上げるリエを見て人々は慌てて救急車と警察を呼んだのです。

リエは近所の人に助けられたとき、安心して救急車も持たず気を失ってしまいました。

 

リエが目を覚ましたのは病院のベットの上でした。そのときには全てが片付いていました。

 

サエコもユミコもトシキも傷害と殺人未遂で警察に捕まったのです。ほとんど現行犯でした。

その過程でトシキの横領も発覚し、トシキは職場を解雇され他の2人と一緒に刑務所に入ることになりました。

 

これまでリエを苦しめてきた人々、そしてリエを裏切った人は1人もいなくなりました。

 

でもリエは少しもうれしくありませんでした。

 

あわれなリエは彼らのひどい暴力によってお腹の赤ちゃんを失ってしまったのです。

 

リエがタカコの後を追うと思ったのはその時でした。

 

彼女はいじめやトシキの裏切りには耐えることができましたが、唯一の肉親である赤ん坊を失ったことには耐えられなかったのです。

 

彼女は、ほとんどの母親がそう感じるように、幼い生命が失われたのは

「自分の責任なんた。私が守ってやれなかったからなんだ」

そう思い込んだのです。

 

「あの子のところへ行こう。そしてお母さんやお父さんタカコのいるところへ」

 

リエがタカコと同じ屋上に立ったのはこんな理由からでした。

 

リエは屋上の手すりをつかみ、自分が飛び降りようとする下界を見下ろそうとしました。

 

しかし彼女はその風景を見ることができませんでした。熱い涙があふれ出し、何もかもがぼやけてしまったのです。

 

クリスマスの灯りが涙でにじんでまぶたのうらで不思議な模様を作っています。

 

下界が見えなくなったので、リエはもう怖くはありませんでした。

手すりから体をぐっと乗り出しました。

そのとき涙でぼやけた風景の中に、突然死んだはずのヨシロウが現れたのです。

その瞬間リエの体が固まり、

「お父さん!?」

しかしヨシロウは何も答えませんでした。ただ黙ってリエを見つめているだけです。

「お父さん、天国にいるんでしょう? なのにどうしてそんなに悲しそうな顔しているの?」

リエは、飛び降りることが出来ませんでした。



そのクリスマスの夜からさらに数年が経ちました。

 

リエは生きる決心をしたのです。

 

でも自殺をやめていくら生きる決心をしたからといって、これまでの苦労や悲しみが消えたりはしません。

 

それでもリエは生き続けました苦しみに耐え続けたのです。そうしているうちに、苦しみはだんだん軽くなっていきました。

 

それはリエから苦しみや悲しみが取り去られたわけではなく、リエ自身が強くなったからでしょう。

こんなことは人生にはよくあります。

 

リエは新しい仕事を見つけ、そして新しい出会いがありました。

 

リエは結婚しました。

新しい夫は、何よりリエの幸せをとても喜んでくれる人でした。そしてリエをいつも喜ばせ、笑わせてくれました。

 

やがて赤ちゃんが生まれました。最初はたくましい男の子でした。その子が3歳の時に今度はかわいい女の子が生まれました。

 

それまでの、リエの人生の中で考えられなかった幸せが訪れたのです。

 

ある時、リエは家族を連れてお墓参りに行きました。自分の幸せをタカコやヨシロウに、そして顔も知らない母親に報告したかったのです。

 

どこまでも続く緑色の芝生、整然と並んだ白い墓石のあの霊園。

 

その日は空は青く、何人かの家族連れや人々がお墓参りに来ていました。

 

リエは、家族といっしょにタカコとヨシロウの墓石の前に立ちした。

「タカコ見て、私の家族よ。私もタカコみたいに自殺しそうになったけど、でも思いとどまったの。

そしたら私、それまでになくしてしまったものを、ぜんぶ取り戻したわ。あのときは、生きていればこんなに幸せがあるなんて思いもしなかった‥‥」

 

リエがそこまで話したとき、、突然不思議なことが起こりました。

第3話おわり

第4話につづく

 

わかれ道「タカコ最終話」

 

 

「だったら私はリエじゃない。リエなんて最初からいなかったんだ。だって私は双子なんかじゃない、一人娘だったんだから。そうよ、私はタカコ、タカコなんだわ」

 

ヨシロウが大きくうなずきました。

「やっと思い出してくれたようだね。そう、お前は、あの屋上から飛び降りて死んでしまったタカコなんだ。リエなんて妹は最初から存在していなかったんだ」

 

ヨシロウがそう言った瞬間、これまでリエだっタカコはすべてをはっきりと思い出したのです。

 

サエコと連れ子のユミコにいじめられていたのもタカコ。

婚約していた恋人をユミコにとられたのも、階段から突き落とされてお腹の子を流産したのも、そしてあのビルの屋上から飛び降りて自殺したのも私タカコ。



「全て夢だったのね。愛する夫も子供たちも、…」

ヨシロウ「お前はそれを選んだんだ。もう一度やり直すことを」

 

タカコはビルから飛び降りて命を失ってから、ここに来たのです。

そこは自分が埋葬されたお墓でした。

しかしタカコが目覚めたときそこにはお墓なんてものはありませんでした。死んだ人の魂にはお墓なんて必要なかったからです。

青い空と緑色の芝生はどこまでも続く場所、そこは死んだ人にとっては次の世界への入り口でした。

次の世界と言う言葉にはいろいろな意味があります。ある人には天国であり、ある人には地獄です。

その次の世界の入り口に立った人は、自分がどちらに行くのかはその人にはわかりませんでした。それはその人がこれまで生きてきた人生によるのです。

 

タカコは決して地獄に落ちるような悪人ではありませんでしたが。人生の苦しみに負けて死ぬことを選んでしまいました。

人の命を奪ってしまった人は天国に行くことができません。それは自分の命でも同じです。

 

しかし、自殺した人には1つの救済の道がありました。

それが、別の人間として生まれ変わり、自分が自殺したのと同じ苦しみをもう一度受けることでした。

 

別の人として生まれ変わるのですから、それまでの自分の記憶は消されてしまいます。

そして同じ試練を受けて、もしそれでも死ぬことを選べば、天国に行くことができません。

しかし、苦しみに耐え生きることを選べば、天国への扉が開かれるのです。

 

自殺してここに来たタカコは、そのことを先に死んでしまった父親のヨシロウから聞いていたのです。

ヨシロウはタカコを次の世界へ案内する役目を負っていました。

すべて死んだ人を次の世界に導くのは、先に死んでしまった親族です。決して名前も知らない天使や死神では無いのです。

 

だってその方が、初めて死んだ人?にとってみれば死神なんかよりはるかに安心できるでしょう?



自殺してここに来たタカコは父親のヨシロウから次の世界に行く条件を教えられたのです。

 

そして彼女はもう一度やり直してみることを選んだのです。

 

それで、それまでのタカコの記憶は全て消され、新たにリエという全く別人に生まれ変わったのです。

そしてリエとなったタカコは、その新しい人生で死ぬことを選ばなかったので、天国への扉を開くことができたのです。

 

しかしそれはタカコにとって決して心から喜べるものではありませんでした。

 

「でも、ひど過ぎる。苦しすぎるわ。私は確かに生きる方を選んだ。そして考えられないような幸せを得た。なのに、それが夢だったなんて」

「お前がもし、本当の人生で死ぬことを選ばなかったら、あの家族といつまでも一緒に暮らすことができただろう。でもお前は生きることを選ばなかったので、あの幸せを得る機会を永遠に失ってしまったのだ」

 

タカコは不思議に思った。

「だってあれは夢だったんでしょう。覚めてしまえばとても悲しい夢だけど、現実の事では無いんでしょう?」

「そうじゃないんだよタカコ。君と出会った夫、生まれた子供たち。あの人たちは君が生きていれば本当に出会い、本当に生まれてきた人たちなんだよ」

タカコは驚きました。あの出来事は、あの人々は夢なんかじゃなくて現実に存在していると言うのでしょうか?

タカコはヨシロウにすがりつきました。

「あの家族は現実の家族なの? だったら教えて、どうしたらあの人たちにもう一度会えるの?」

「会えないだろう、もう二度と。もし会えたとしても彼らはお前の事は何も知らないだろう。あの人々はお前が生きていれば会うことができて結婚してお前を母として生まれてきたであろう人々なんだよ。」

「でもリエが自分の人生を断ち切ってしまったたので、彼らはもう二度とお前と会うことも、お前から生まれてくることもない。残酷なことを言うようだが、彼らは別の人と結婚し別の人を母とし、それぞれ別の家族の一員として暮らしている。」

「そんな!」

タカコは悲しみの叫び声をあげ泣き崩れました。

「ひどいひど過ぎる。苦しすぎるわ。これじゃ私が自殺したときよりはるかに大きな苦しみじゃないの」

泣き叫ぶタカコにヨシロウは優しく言いました。

「人は自殺をしてもその受けていた苦痛から逃れることができないし、生きていれば受けていたであろう大きな幸せも決して得ることができないのだよ」

 

「そんなことわかんないじゃない。自殺を止めて生き続けたからってその人が幸せになるか不幸になるかなんて誰にもわからないよわ」

「その通りだよ。人が不幸が不幸に幸せになるかなんて誰にもわからない。あの夢の家族は過ぎてしまえば1つの夢だったかもしれない。

しかし人は生きれば、幸せになる機会も不幸になる機会もいつまでもある。途中で死ぬ事はその機会を投げ捨ててしまうことなんだ。」

タカコはようやく理解しました。自分が自殺したことで失ったものが何であるかを。

 

「苦しかったかもしれない。しかしお前はその苦しみを通して、自分の弱さを乗り越え、罪を悔い改めることができたんだ」

そしてヨシロウはとても優しい眼差しをタカコに向けて言った

「さぁお前のためにすでに天国の扉は開いている。タカコさぁおいで」

 

タカコはあたりを見回しました。そこには緑と芝生と青い空がどこまでも続くだけでした。

「でも何もないじゃない。扉もドアもどこにも」

「上を見てごらん」

タカコは空を見上げた。

それは不思議な空だった。空はどこまでも青くそこには雲ひとつなく太陽さえも輝いていなかった。

その中に小さな丸いリングがあった。それは白く輝いていた。

そのリングはタカコが見上げているうちにだんだんと大きくなり、そのリングの中に別の世界があった。そこには大勢の人たちがいた。

 

しかしその多くの男女は空中の中にいるのに落ちてくる事はなかった。彼らはとても高いところから見下ろしているようだったが、タカコにはそのすべての人間の顔を一人一人見分けることができた。

生きている世界では遠く離れた人間の表情を見分けることなど決してできないが、この世界ではできるのだ。

彼らは皆微笑んでいた。光輝いているような笑顔だった。

その中に特別な女性がいた。たかこはその女性のを知っていた。

しかし不思議に思った。たかこは生きている世界でその女性の顔を見た覚えがなかったからだ。

 

でも「あれはお母さんね? 私を産んで幼い時に死んでしまったお母さんなのね?」

 

タカコはその女性が自分の母親であることがはっきりとわかった。

 

彼女の幼い頃に死んでしまい、生きているときには忘れてしまっていた顔だったのに

「死んでしまった人間には、どのような記憶喪失もないからね」

ヨシロウがそう教えてくれた。

あのリングの中から見下ろしている顔は、みんなたかこを愛してくれた人々だけだった。

「そうかわかったわ。あそこが天国なの?」

「憎しみや怒りや汚れというものが全くない世界。愛と美といつくしみだけがあって、それがいつまでも続く世界だね」

ヨシロウからそう教えられた瞬間、たかこは自分も早くその世界の中に入りたいと思いました

しかしさっきまで一緒だった家族に対して大きな未練もありました。

 

「お前は、もうリエではなくタカコなのだよ

。お前はこれからタカコとしての次の世界での生活が始まるのだ」

ヨシロウがそういった瞬間、タカコはリエとしてのすべての記憶を失ってしまいました。そして自分が自殺したことも心の中からなくなってしまったのです。

ヨシロウはこうつぶやきました

「心から償った罪は消えてしまうんだ。自分の心の中からもね」

タカコが不思議そうな顔をしてヨシロウを見つめました。

「償った罪って何のこと? 私何か悪い事したかしら?」

もうタカコの心の中にはリエとしての思いでも自分が自殺したときの苦しみも、家族を失った悲しみも何もかも覚えていないようでした。

「さぁおいで」

 

ヨシロウが娘であるたかこの手を取りました。たかこはにっこりと笑いました。その顔はこの世の苦しみを全て洗い流された喜びに溢れていました。

 

2人はあの大きな光のリングの中に吸い込まれていきました。

そして2人を飲み込むと光のリングは大変小さくなりやがて閉じてなくなってしまいました。

 

すると今まで青い色だけだった大空にもくもくと白い雲が湧き上がってきました。

緑の芝生にはたくさんの墓石が戻っています。

 

の入り口は次の世界へのまた入り口は、この世の霊園に戻ったのです。

 

終わり。

 

 







わかれ道「タカコⅡ」

 

 

それから数年の時間が過ぎました。

 

あるクリスマスに近い、寒い夜のことでした。

 

街は、クリスマスイルミネーションの美しい点滅に飾られいます。

その街の中では特に目立つ高層ビルの屋上にリエはいました。

屋上は冷たい北風が吹いていました。

 

リエは死ぬつもりでした。姉のタカコの後を追いたいと思っていたのです。

そこはタカコが飛び降りたのと同じ建物でした。

 

タカコは屋上の手すりから下界のクリスマスのイルミネーションを見下ろしながら、これまでのことを思い出しました。

 

あの納骨の日からすぐに、ヨシロウが死んでしまいました。一人暮らしのアパートの部屋で冷たくなっているところを大家さんに発見されたのです。

 

一人ぼっちになったリエは、仕事を見つけサエコたちの住むあの家を出て一人暮らしを始め、ました。

 

それ以降当然ですが、サエコとユミコのいじめはなくなりリエは穏やかな日を過ごすことになりました。

 

サエコたちとはもう二度と会うことはあるまいと思っていました。

 

そのうちリエはトシキという同じ会社の上司と婚約しました。

トシキはまだ30にもならないのに、経理部の部長補佐でした。独身なので部長にはなれませんでしたが、所帯を持てば部長に昇進できるだろうとウワサされていました。やり手だったのです。

 

トシキはそれほど有能で、イケメンで笑顔がやさしい男でした。

しかし、トシキは、自分たちが付き合っていることを会社では口外しないようにリエに求めました。

会社では別に恋愛禁止ではありませんでしたから、トシキがなぜ2人のことを秘密にしたがるかはリエにはわかりませんでした。

 

これまで寂しい人生を送ってきたリエにはあまり気になりませんでした。むしろ男の人ってみんなこういうものなんだろうなぁと思っていました。

 

リエは結婚の報告をサヨコたちにするつもりはありませんでしたが、

「一応礼儀だから」

というトシキのたってののぞみで挨拶に行くことになりました。

 

しかしそれが間ちがいでした。あいさつの場に同席したユミコに、トシキは奪われててしまったのです。

イケメンで、大きな会社に役付きで金回りがいいトシキは、派手好きなユミコやその母親のサエコにとって、格好の「優良物件」だったのです。

 

その後ヨシロウはユミコやサエコの言いなりになり、リエに別れを告げたのです。

 

義理の妹や、愛する婚約者に裏切られ、それを婚約者から直接聞かされたリエの気持ちはどんなだったでしょう?

しかもそのとき、リエのお腹の中にはトシキの子供がいたのです。

 

あまりにも理不尽な出来事です。しかしリエはくじけませんでした。

 

父と母そして、タカコまで失ってしまい、もうリエには肉親は1人も残っていません。しかし彼女のお腹の中にはたった1人の肉親がいるのです。

 

それはリエにとって唯一の希望でした。

「私はこの子を育てていこう。たとえ自分が一人ぼっちになったとしても、この子だけは幸せに育ててみせる」

 

リエは固く決心しました。

第2話おわり

第3話につづく

わかれ道「タカコⅠ」

 

 

 

 

タカコは若く、聡明でとても美しい女の子でした。あるクリスマスの夜、彼女は高層ビルの屋上から身を投げて命を絶ちました。

 

リエはタカコの双子の妹でした。リエとタカコはとても仲がよかったのに、

タカコがなぜ自殺したのか、リエにも他の人たちにもまったくわかりませんでした。

タカコは誰にも相談せず、遺書も残さなかったからです。

 

タカコたちの父親であるヨシロウはとても裕福でしたが、家庭の事情はとても複雑でした。タカコたちを生んだ母親は、2人が幼い時に交通事故で亡くなってなくなってしまったのです。

 

その後、父親のヨシロウはサエコというシングルマザーと再婚しました。

彼女はとても強欲で、結婚の目的はヨシロウの資産にありました。

 

サエコの連れ子のユミコは、

タカコよりも2歳年下でしたがとても可愛い顔立ちをしていました。でもその性格は母親のサエコに似て、我がままでとても意地悪でした。腹違いの姉であるタカコたちの洋服やアクセサリー学用品など気に入ったものをいつも自分のものにしていました。

 

そのことをサエコに告げても

「誰があんたたちにご飯食べさせてると思ってるのよ!」

サエコはいつも自分の娘の味方でした。

 

ヨシロウとサエコとの結婚生活もうまくいきませんでした。

ある時、ヨシロウは、家を出てしまいました。タカコたちを、サエコの家に残したまま。

 

当然、サエコたちのいじめはより激しくなりました。

タカコたちは食事や洗濯掃除などまるで使用人のように働かせられました。そうしなければ食事も与えてくれなかったのです。

 

そんな環境でしたが、もともと母親のぬくもりをほとんど知らなかったタカコはそんなことにはめげませんでした。

食事作りや掃除洗濯なんて、子供の時代からやってきたことなんです。

 

ですから、サエコやユミコのいじめくらいでタカコが自分の命を断ってしまうなんて、リエには到底考えられませんでした。

 

やがてタカコの納骨の日がやって来ました。

納骨とは死んでしまった人の骨を、お坊さん立ち会いの下にお墓に収める行事です。

 

納骨には親族が立ち会うものですが、その日にはリエとヨシロウしかいませんでした。

 

家を出たあと、タカコの葬式にも顔を出さなかったヨシロウは、どこからか聞きつけたのか、突然タカコのお墓に現れたのです。

 

そこはとても広い霊園でした。むこうの端が見えないくらい広く、緑色の芝生がどこまでも広がっています。その中に今風のとてもモダンな墓石が整然とどこまでも並んでいました。

 

リエはこの霊園はここにきたとき

「なんだか私、前にもここに来たことがあるような気がする」

そのお墓にはタカコだけでなく、タカ子たちを生んだ母親のお墓でもありましたが、それはタカ子たちが幼いときです。そのあとここに来たことはないはずでした。

「だけどわたしなんだか最近ここにきたような気がする」

しかし、リエにはそんなことをゆっくり思い出している心の余裕ははありませんでした。



納骨が終わってお坊さんたちが帰ってしまうと、シトシトと雨が落ちてきました。

 

リエたちは雨具も持っていませんでしたが、そこから離れることができませんでした。

何の理由も話さず死んでしまったタカコや、突然家出して突然現れたヨシロウにとても強い不信感があったからです。

 

しかしタカコはもういません。リエはモヤモヤする思いをヨシロウにぶつけました。

「今までどこへ行ってたのよ? お父さんさえいてくれたら、タカコはこんなことにはならなかったわのに」

ヨシロウは黙って下を向くだけで何も答えませんでした。

「どうして? お父さんはどうしてあの女と結婚したの? あの人を選んだのはお父さんでしょう? なのにどうして逃げ出してしまったのよ?」

うつむいていたヨシロウはそのまなざしをタカコに移しました。

「すまないな、情けない父親で。それよりお前1人で大丈夫かい?  あの家で?」

リエは、カッと、腹が立ちました。

「大丈夫なわけないでしょう。でも私は負けない。お父さんみたいに逃げ出したり、タカコのように、自殺なんて絶対しないわ。私絶対に負けるものですか」

リエは父親と、納骨したばかりのタカコの墓石に向かってそう叫びました。

 

第一話終わり

第二話へ続く

ヘタレ師範6「五郎」後編

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道場破りとの試合は悲惨な結果に終わった。

 

テッキにオバサン、ガンカクにミヤギ、ジオンにミヒが立ち会った。

どの勝負も、最初に少しだけもみ合ったが、すぐに道場破り組が、優勢になり、

3人をボコボコに叩きのめした。

 

テッキ「いくら道場破りったってジジババと、女と戦ったのは初めてだぜ」

ガンカク「年寄りと女相手だから、少しは手加減してやったんだ。ほかの道場相手ならこんなにやさしくないんだぜ」

ジオン「どうでもいいよ、そんなこたあ。おいそこのヘタレ師範さんよ、これであんたの弟子はみんなぶっ倒したんだ。こんどこそ相手をしてもらうぜ」

 

五郎の顔が青くなった。

「だ、だめですよ。ぼ、ぼくは戦いませんから」

オープントーナメントのときと同じような泣き言だった。

 

ジオン「なんだよ、テメエそれでも男かよ。弟子はあんな年寄りでもちゃんと戦ったんだ。あたしはね、感心してんだ。師範のお前を守るために、あんなに弱いなりに一生懸命戦ったってのに」

 

ミヒがふらりと立ち上がった。

「ちょっと、姉さん。誤解してるよ。あたしたち弱くなんかない。この道場でサンバガラスね」

岩鶴が笑い出す。

三羽烏だあ? ジジババに、韓国女が三羽烏? 笑わせんじゃねえや」

 

ミヒ「それに五郎ちゃんが戦わないのはね」

 

テッキ「怖いんだろ? まあどこの道場にもいるけどな、ふんぞり返っているけど、実力のともなわない師範てのはさ。ここの師範もその口か」

 

五郎「そ、そうです。ぼく実力全然ないんです。それに‥‥」

ガンカク「それに? それに何だよ?」

 

五郎「あの、ミヤギのオジサンもオバサンも、それにミヒだって、あなたがたにまだ負けてはいませんから」

ジオン「なんだと?」おまえ、また卑怯な言いわけを‥‥」

 

ジオンが五郎に喰ってかかると五郎はとたんに下を向いてしまった。気の弱い男だ。

「ボクは、自分の弟子が勝ったというし、あなたがたは自分たちの勝ちだというし‥‥」

 

テッキ「だったらもう一度やればいいだろうが、それでシロクロはっきりするじゃねえか」

 

「あのぼく、シロクロはどっちでもいいんです。どっちが勝手も負けても‥‥それが勝負だし」

 

これにはジオンたちはあっけに取られた。

 

すると、ミヒが真剣な顔をしてこう言った。

「ごめん、五郎ちゃん、ワタシ今度は本気で戦いたい」

五郎「‥‥え?」」

ミヒ「五郎ちゃんの言う通り、わたしもシロクロどうだっていい。強いも弱いも関係ない。でも、こんなシロウトさんたちに誤解されたままなのはいや!」

ジオンはオープントーナメントの会場で、ミヤギに「おまえたちのほうがよっぽどシロウトだよ」と言われたことを思い出した。

 

おずおずとミヤギのおじさんが立ち上がる。

「五郎ちゃん、俺からもお願いする。こいつらと普通に戦わしてくれよ。そしたらわかるんだから、それで納得すれば、こいつらだって、もう五郎ちゃんと戦おうとは言わないだろうし」

ジオン「もう五郎ちゃんとは戦うおうとは言わないって、さっきのシロウト発言といい、こいつら、俺たちが負ける前提で話してる」

 

ミヤギは続けた。

「この間、こいつらに俺と嫁さんも約束したんだ。なぜ五郎ちゃんが買ったかを説明してやるって、だから」

ミヒが

「そんなことより、ワタシこの人たちとまともに戦ってみたいよ。私たちは確かに全然負けてないけど、でもこの人たちは全然わからない。自分たちが勝った勝ったと自慢するんだから。それ私いやだ。五郎ちゃんあまりにもかわいそう」

 

それでも五郎は二度目の戦いを許可しようとしなかった。

すると宮城のおばさんが。

「私悪いけど、五郎ちゃんとの約束破るよ」

 

そう宣言するとオバサンは、ポカンとしているテッキの前に進み出た。

そして、今まで見せなかった般若のような表情になって

「おいちょんまげ頭?!」

テッキはびっくりした

「ちょんまげってって俺の事かよ?  なんでおばさん、おっかない顔して。なんだまたノサれたいのか?」

「かかってきな」

「婆、ふざけやがって」

テッキは言いなり、さっきと同じ上段回し蹴りを放った。さっきはそれでおばさんを倒したのだ。

しかし今度は倒されたのはテッキの方だった。

おばさんはただ普通に前屈に進んで順突き(おいづき)を普通に打ち込んだだけだった。

 

立った姿勢から前屈に進むと少し背が低くなる。

テッキの回し蹴りはおばさんの頭上を越えて行った。

おばさんの順突きは、テッキのみぞおちを狙ったものだったが、回転するテッキの脇腹に突き刺さった。

おばさんの順突きも、最初に戦った時と全く同じ技である。

しかし1つだけ違っていたのは、最初は寸止めだったが、2度目はフルコンタクトで打ち込んだだけだった。

テッキは脇腹を抑えてのたうち回った。

 

テッキは脇腹を抑えてのたうち回った。

「まぐれだ! 偶然じゃねえか!」

大声でガンカクが飛び出してきた。

 

最初の試合では、ガンカクはミヤギをタックルし、チョーク攻撃で気絶させたのである。

ミヤギ「やれやれ、やってみせないとわからないんだな。わかったよ相手をしてやるよ」

 

出てくる宮城をミヒが止めた。

「おじちゃん、今度私やるよ。いいから休んでな。おじちゃんもう年なんだからさぁ」

 

自分の前に立った小柄なミヒを見てガンカクはうんざりした。

「俺はなぁ、女と戦うのは嫌いなんだよ。でもまぁ女にもいろいろあるからなあ」

そう言ってガンカクはジオンを見た。かつてジオンと戦って遅れをとったことを思い出した。

ジオンは少し笑ったように見えた。そしてガンカクに戦うように促した。

ガンカクとミヒが向かい合った。

テッキ「まるで美女と野獣じゃねえか」

ガンカク「女だからって容赦しねぇぜ、俺がプロレスラーだってことを忘れんなよ」

「自慢は、勝ってからいいな」

「Wow!」

ガンカクはさっきと同じようにミヒにタックルを仕掛けて飛び込んできた。

ミヒはガンカクを避けようとせず、立った姿勢から前屈に進んだ。

ミヒのひざが、ガンカクの顔面にぶち当たった。

ぶち当たったと言うより、ミヒは前屈に普通に進んだだけである。それに対してガンカクは勢い良く飛び込んだので、ガンカクの受けた衝撃は非常に多かっただろう。

ガンカクは「ぎゃー?!」と叫んで顔面を両手で抑えた。その指の隙間から鼻血が滴り落ちてきた。

しかしガンカクは、立ち上がることができなかった。

 

一同は唖然とした。

特にジオンはあっけにとられていた。自分がガンカクを倒したとき、三回も攻撃してやっと倒したのだ。しかしこの韓国小娘は、たった一撃でガンカクを仕留めてしまったのだ。しかも対した攻撃技とも思えない、前屈立ちの膝だけで。

 

ジオンは今まで、こんな戦い方を見た事はなかった。

彼女は、認めるわけにはいかなかった。

 

ジオン「ざけんじゃねえ、こんな試合認めるわけにはいかないよー!」

そして自分は五郎に詰め寄り

「第一、てめえは1度も戦ってねーじゃねーか。戦え! この俺とサシで勝負しろ! そしたら認めてやるよ。オメエが師範だってことをよ。俺たちが負けたってことをよ」

 

五郎は下を向いたまま

「僕たちは、勝ち負けはあんまり興味ないんです。それに僕はあなたより強いか弱いかなんてどうでもいいんです」

とんでもない言葉である。ヘタレとは言え、1道場の師範が、勝ち負けにこだわらない、強さに興味がないと言い放ったのだ。

「だったらなんで道場なんてやってんだよ? 強さに興味がないんだったら、お前ら何のために練習したんだ?」

 

五郎は下を向いたまま、恥ずかしそうにこういった

「生きるためですけど‥」

これにはジオンもガンカクもテッキもポカンとなった。

テッキ「生きるって? 生活のためかよ?」

 

ガンカクが何とか立ち上がった。彼の表情はこれまでとは違っていた。

ガンカク「そんなことより、あんたたちが買った理由を教えてくれないか? 最初は圧倒的に俺たちの方が勝っていたのに、2度目にはなんでアンタラが勝つことができたんだ?」

ミヤギのオバサン「あんた、図体がでかい割には他の2人よりも素直じゃないか、いいところに気がついたね。あんたこないだのオープントーナメントの時よりは一歩前進てわけだよ」

宮城「空手には、寸止めとフルコンタクトってあるだろ?」



ヘタレ師範5「五郎」前篇

「バン!」

爆発したような音をたてて、道場の扉が開いた。

ガンカクが力任せに、両開きのクラシックドアを押し開いたのだ。

開け放されたドアから、ガンカク・ジオン・テッキが派手な衣装で乗り込んできた。

中で練習していた道場生達は一応に驚いてこの3人を見つめた。

これはいつもの道場破りの風景である。

 

ジオンたちの道場破りは、突飛なコスチュームで、ドアを蹴破るような勢いで、突撃して道場やジムの人間を威嚇する。

そうするこで心理的優位に立ち、相手がビビっているうちに勝負を決めるのを常としていた。

それだけではない。プロの格闘家たちを相手に道場破りなんてそんなにうまくいくわけがない。

そこでジオンたちは、戦う相手の道場や格闘技のルールを無視することにしていた。

寸止め道場には、フルコンタクト。顔面攻撃なしのルールは無視、立ち技が得意な相手には、レスラーのガンカクが寝技で攻める。

 それを相手が「反則だ!」「ルール違反だ?」と文句をつけられるまえに勝負を決めてしまうのだ。

 だから彼女たちの道場破りはこれまで百戦錬磨だし、おもしろいことに、ルール無視の道場破りで、負けて苦情を言う道場は1つもなかった。

 

 苦情なんか言えば、自分たちの道場が道場破り負けたことを宣伝するようなものだ。そうなれば道場生は来なくなり、経営は成り立たないだろう。

ジオンたちはこれまでの経験からそのことをよく知っていた。

 

今回はそうはいかなかった。

なぜならこの古ぼけた道場の道場生達は最初はびっくりしたものの、ほとんど全員が、すぐににっこりと微笑んだのだ。ドアをけ破った三人に。

ジオンたちが、「え?」ととまどっていると1人の女が進み出てきた。ジオンと同じ位の年齢だ

浴衣姿が可愛い。しかし、空手道場には全然似合わない。

浴衣はジオンたちの前に、すっと正座すると床に三つ指ついてこう言った。

「イラッシャイませ!」

コリヤなまりだった。

ジオンはオープントーナメントの会場を思い出した。あのとき、白帯を励ましていた女だ。韓国人なのか? しかしそんなことを考える間もなく

他の道場生たちまでが、「いらっしゃいませ」「どうぞよろしく」と口をそろえたのだ。みんな笑顔だった。

 

ジオンたちはこの「いらっしゃいませ!」の大歓迎に、自分たちが道場破りに来たのだと言うことを一瞬忘れてしまった。

今までどんな道場に押し掛けたって「いらっしゃいませ!」と歓迎された事は無い。

道場破りにかぎらず、例えば空手道場であるならば入るときのあいさつは「押忍(オス)」である。

道場によっては帰る時も朝の挨拶も「押忍」、何でも「押忍」で済むことさえある世界なのである。

 笑顔で「こんにちは」と迎え入れる道場なんてあるわけないのだ。

ジオンは頭にきた。

「ふざけるな! 何がいらっしゃいませだ、こんにちはだよ。ここは飲み屋? キャバクラ?    オレたちゃ、お客様じゃないんだよ。」

ジオンが最後まで言わないうちに三つ指の娘がすかさず言った。

「ドージョヤブリさんだよね? お待ちしておりました。さぁどうぞ」

と中に招いた。ガンカクとテッキは思わず顔を見合わせた。

こんな経験は初めてだった。ジオンは背中が少し寒くなった。

「ここは今までの空手道場とは違う、もしかしたら、ここの連中はとんでもない奴らばかりなのかも」

と、ジオンが警戒した瞬間。

いきなり後ろから。

「うわーっ!、道場破りですか? とうとうここまで来ちゃったんだ? それは困る、困りますよー」

ジオン「何だ!?」 

ジオンは驚いて、飛び退いた。その男の声があまりにも大きかったし、すぐそばなのに何の気配もなかったからだ。

ジオンたちは、その男を見た。

うつむいたままなので顔がよくわからない。

しかし、あの叫び声は聞いたことがある。

ジオンはもしやと思った。

すると道場にいた人々が一斉に

「先生!」「師範、おはようございます」

テッキ「師範おはようおはようございますって? もう夜じゃん」

ガンカク「ばか、どこの世界でも始まりの挨拶はおはようございますだ。この学生の世間知らずが」

ジオンは今度は落ち着いて、自分を驚かしたその男を見た。

Tシャツに、軽いパンツ姿である。どう見たって

ジオン「師範には見えないねえ、まるでデスノートの名探偵L(エル)ってとこか」

浴衣女が、例のコリア訛りでこういった

「シツレイなこと言わない。五郎ちゃんね、この道場の立派な師範なんだヨ」

テッキ「道場の師範に五郎ちゃんて?     先生にむかってちゃん付けかよ?」

「五郎?」

ジオンたちは思い出した。この間のオープントーナメントでのあの試合

 

いきなりジオンが大声で笑い出した。最初の警戒心がどこかへ吹き飛んだ。

ジオン「五郎って、お前が五郎さんかい?。あの試合で出るのを怖がって、挙句の果てに蹴飛ばされて気絶した、あのヘタレが空手師範って?」

顔を赤くしてうつむいている五郎。それを指差しガンカクもテッキも腹を抱えて笑いだした。

テッキ「『いやですだめです、怖いんです』って、泣きべそかいて、最後にゃタンカに担ぎ出されたゴロちゃんだろてめえ?」

声がした。

「ゲラゲラ笑っているのは、やっぱりお前ら、自分たちが素人だってことを証明してんだよ」

見ると、あの時のごま塩頭、ミヤギである。

ジオン「なんだまたテメェか?      いつも同じような登場してんじゃねえ。   オメエ達が偉そうなこと言うから来てやったってのに、ここの空手道場の先生があの時のヘタレだと知って、とっても感動してるとこだよ」

テッキ「どうやら教えてもらう価値なんかなさそうだ、こんな師範の弟子だったのか?おじさんはよー」

ガンカク「帰りましょう、ジオ姉。こんな連中やっつけたって何の自慢にもならないし時間の無駄だ。」

その途端、五郎の顔がパッと輝いた。

「そうですか、お帰りになりますか。ではまたいつか」

いそいそと3人を外に案内しようとした。しかし例の韓国人のミヒが3人の前に立ちふさがっていった

ミヒ「あら、せっかくドジョウヤブリ来たのに、尻尾巻いて帰るの?   あんたたち、せっかくイラッシャイマセしたのに、ここの道場のカンバンいらない?」

 五郎は慌てた

「いいじゃない、せっかく帰るといってるんだし、道場破りは別の機会に…」

しかしミヤギのおじさんまでが、

「せっかく人が役に立つことを教えてやろうとしてんのに、もったいないなぁ。オメエら、早とちりもいいとこなんだから」

五郎「いやいや、誰も早とちりなんかしてません。それに他の皆さんの練習もあることだし……」

そこへミヤギのオバサンが出てきた

オバサン「帰りたかったら.とっとと帰んな。だけど私は、こう見えてもSNSが得意なんだ。今夜さっそく書き込んでおくからね。『噂の道場破り逃げ帰る』ってさ」

このおばさんのSNS宣言は、帰ろうとしていた3人に火をつけた。

ジオン「なんて言ったのオバサン? オレたちが逃げ帰るだと?」

睨み合うジオンたち、睨み返すミヒとミヤギ夫婦。

五郎は睨み合う6人の間をうろうろしながら

「だから駄目だって言ったじゃないですか。僕は嫌いなんです。道場破りなんて」

「邪魔だ、ヘタレはどいてろ!」

しかしガンカクにあっという間に蹴飛ばされてしまった。

ガンカク「さあ今から道場破りの始まりだ。関係ないやつは怪我しないうちに出ていくんだな。今日の練習はおしまいだ」

すかさずテッキが続けた

「おしまいなのは今夜だけじゃないかもなぁ。ことによっちゃあこの道場、永久におしまいかもな」

五郎の道場1終わり、五郎の道場2に続く。